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日本大学紹介

概観

日本大学は、1889年に創設された日本法律学校を前身とする大学である。初代司法大臣山田顕義は、日本の国情に合った法学の樹立を目指して日本法律学校の創設に尽力し、日本大学の学祖と位置付けられている。

1903年に校名を日本大学と改称し、1920年には大学令による大学となる。


目的および使命
日本大学では他大学の校訓に該当するものとして「日本大学の目的および使命」というものが1949年に定められている。

日本大学は 日本精神にもとづき
道統をたっとび 憲章にしたがい
自主創造の気風をやしない
文化の進展をはかり
世界平和と人類の福祉とに
寄与することを目的とする

日本大学は 広く知識を世界にもとめて
深遠な学術を研究し
心身ともに健全な文化人を
育成することを使命とする

教育および研究
日本国内の私立大学の中で、学生数において最大規模の大学であり、研究機関としても高度の水準を誇る。14学部(うち4学部が通信教育課程を併設し通信教育部として通信教育を実施)、20研究科、29研究所、7付属病院等を設置している。

宗教系の学部を有してはいないが、新学制による大学設置時に開設されていた文学部宗教学科、同学部倫理学科、同学部哲学科を起源とする文理学部哲学科において宗教科の中学校・高等学校教諭1種免許状を取得することができる。

長らく、臨床検査技師・診療放射線技師・理学療法士・作業療法士等の医療職、精神保健福祉士・社会福祉士・介護福祉士等の福祉職を養成する学部を持っていなかったが、文理学部社会学科に社会福祉コースが開設され、社会福祉士の養成はスタートしている。


学風および特色
各学部のキャンパスが分散しており、学生同士の交流は学部単位に留まるケースが多い。そのため、日本大学体育大会(オール日大)といったイベントを大学主催で実施している。

また、各学部の独立性が高いことから外部からは好悪両面において「総合大学ではなく単科大学の連合体」と評されることがある。

卒業生総数は90万人を超え、社長輩出数が日本一の大学として知られている。


沿革

略歴
1889年10月、皇典講究所内に創設された日本法律学校が日本大学の起源である。


年表
1889年 皇典講究所の夜間部に日本法律学校(法学部の前身)を創立。学祖は時の司法大臣・山田顕義。創立者は宮崎道三郎(総代)、金子堅太郎、上條慎蔵、斯波淳六郎、末岡精一、添田寿一、野田藤吉郎(長森藤吉郎)、樋山資之、平島及平、穂積八束、本多康直。初代校長に金子堅太郎(後の司法大臣)就任。
1898年 高等専攻科を設置し、卒業生に日本法律学士の称号を授与。財団法人日本法律学校となり皇典講究所より分離独立する。
1901年 高等師範科(後の文学部、現在の文理学部の前身)設置。
1903年 日本大学と改称。
1904年 商科(経済学部および商学部の前身)設置。旧制専門学校令による大学となる。
1906年 初の留学生をヨーロッパへ送る。
1920年 大学令による旧制大学となる。初めて女子の入学許可。高等工学校(理工学部の前身)設置。
1921年 美学科(芸術学部の前身)設置。1916年創立の東洋歯科医学専門学校(歯学部の前身)を合併し、日本大学歯科医学校設立。
1925年 専門部医学科(医学部の前身)と大阪専門学校(現在の近畿大学)を設置。
1926年 医学科付属駿河台病院を開設。
1928年 4月に工学部(現在の理工学部)を設置(高等工学校を昇格)。
1929年 専門部工科(工学部の前身)を設置。
1934年 学部教育は昼間部のみで行い専門部教育は夜間とする事を大学理事会で決定(学部教育と専門部教育とを完全分割)。日本大学歯科医学校を日本大学専門部歯科と改称。
1935年 医学科付属板橋病院を開設。
1937年 12月に世田谷予科を設置。
1939年 大阪専門学校が独立。
1943年 3月に医学部の認可(予科3年、学部4年制)。5月に農学部(現在の生物資源科学部)を設置(神奈川県藤沢市)。
1946年 4月に三島予科を設置(静岡県三島市)。
1947年 専門部工科(工学部の前身)を福島県郡山市に移転。
1948年 通信教育部を設置。
1949年 新学制の施行に伴い学内を第一部(昼間部)7学部(法・文・経済・工・第二工・芸術・農)、第二部(夜間部)4学部(法・文・経済・工)を新学制に移行。
1950年 3月に日本大学短期大学部を設置。
1951年 4月に大学院を設置。11月に1907年創立の東京獣医畜産大学を農学部に吸収合併。
1952年 2月に工学部に薬学科(現在の薬学部)を、工学部に工業経営学科(後の第一工学部、現在の生産工学部)を設置。3月に農学部に獣医学科を増設し、農獣医学部と改称。短期大学を短期大学部に変更。医学部・歯学部を新学制に移行。
1955年 岩手医科大学の委託を受けて岩手医大の進学課程の一般教育を三島教養部で実施(1966年まで)。
1957年 工学部工業経営学科を千葉県習志野市(現在の生産工学部大久保校舎の地)に移転。
1958年 1月に文学部に学科増設を行い文理学部に、工学部に物理学科を増設し理工学部と改称。
1965年 第一工学部を設置(理工学部経営工学科を廃止・昇格)。
1966年 1月に第一工学部を生産工学部、第二工学部を工学部と改称。3月に付属豊山女子高を設置。
1968年 5月に学園紛争が勃発。
1971年 日本大学松戸歯科大学(松戸歯学部の前身)を千葉県松戸市に設置。
1975年 日本大学松戸歯科大学を廃止統合、松戸歯学部とする。
1976年 指定校(準付属に準ずる提携校)制度廃止。
1978年 国際関係学部を静岡県三島市に設置。
1985年 11月に皇典講究所発祥記念碑を皇典講究所跡地(千代田区飯田橋)に國學院大學と建立。
1987年 12月に薬学部を設置(理工学部薬学科を移行・昇格)。
1989年 天皇・皇后臨席のもと創立100周年記念式典を挙行。経済学部経済学科に国際コースを開設。
1991年 医学部付属練馬光が丘病院を開設。
1994年 総合学術情報センターを設置。
1995年 12月に農獣医学部を生物資源科学部と名称変更。
1996年 理工学部習志野校舎を船橋校舎と名称変更。
1998年 産官学連携知財センター(NUBIC)を開設。
1999年 大学院総合社会情報研究科(通信制大学院)、大学院グローバル・ビジネス研究科(ビジネススクール)を設置。
2004年 大学院法務研究科(法科大学院)設置。総合生涯学習センターを開設。
2005年 大学院総合科学研究科(総合研究大学院)設置。
2006年 薬学教育6年制移行により、薬学部薬学科を6年制に移行。
2007年 日本大学のロゴマーク「Nドット」制定。

基礎データ

所在地
本部(東京都千代田区九段南4-8-24)
三崎町キャンパス(法学部・経済学部)(東京都千代田区三崎町2-3-1)
大宮キャンパス(法学部)(さいたま市見沼区東新井541)(2008年度をもって廃止)
文理学部キャンパス(東京都世田谷区桜上水3-25-40)
砧キャンパス(商学部)(東京都世田谷区砧5-2-1)
江古田キャンパス(芸術学部)(東京都練馬区旭丘2-42-1)
所沢キャンパス(芸術学部)(埼玉県所沢市中富南4-21)
三島キャンパス(国際関係学部)(静岡県三島市文教町2-31-145)
駿河台キャンパス(理工学部・歯学部)(東京都千代田区神田駿河台1-8-14)
船橋キャンパス(理工学部)(千葉県船橋市習志野台7-24-1)
津田沼キャンパス(生産工学部)(千葉県習志野市泉町1-2-1)
実籾キャンパス(生産工学部)(千葉県習志野市新栄2-11-1)
工学部キャンパス(工学部)(福島県郡山市田村町徳定字中河原1)
医学部キャンパス(東京都板橋区大谷口上町30-1)
松戸歯学部キャンパス(千葉県松戸市栄町西2-870-1)
湘南キャンパス(生物資源科学部)(神奈川県藤沢市亀井野1866)
薬学部キャンパス(千葉県船橋市習志野台7-7-1)
お茶の水キャンパス(通信教育部)(東京都千代田区神田駿河台1-6)

象徴

校章
校章は「桜の花」をデザインしたものである。


スクールカラー
ピンクないしは桜色がスクールカラーと誤解されているが、正式なスクールカラーは緋色である。ピンクないしは桜色の由来についての詳細は、後述の学生生活のスポーツの章にある駅伝競争チームの解説を参照。

学生生活
部活動・クラブ活動・サークル活動

構成
大学内にある公認クラブとしては以下のようなものがある。

保健体育審議会所属運動部
通称「保体審」。大学本部保健体育事務局が管理している。いわゆる体育会である。2006年3月現在35の部が存在している。
文化団体連合会所属の各文化部
大学本部総合学生部学生生活課が管理している。略称は「文団連」。
各学部(※1)
各学部学生課が管理している公認運動部
各学部学生課が管理している公認文化部
各学部学生課が管理している公認サークル連合所属の団体(例:サークル・同好会)
注記(※1):学部学生課が管理しているクラブは、管理形態としてはサークル連合という形でまとめている学部もあるが、後述の例でも述べているように『日本大学××学部体育会』という具合に、他大学の体育会に相当する独立した運営形態を採る学部もあり学部により異なる。大学内・各学部内において当該クラブ団体を部と称するのか、或いはサークルと称するのかは上位の管理組織の事情によるので一義的な説明は困難である。本稿でそれら名称上の詳細な違いを殊更強調して説明するのは、本稿主旨から外れ、またさして重要な意味を持たないので省略する。

特徴
日本大学は経営方針及び校舎施設などの事情により、基本的に単体学部で1つのキャンパスを構成している。従って学生による部活動も、大学を代表する一つの団体として運営することが困難であり、結果として部活動も大学運営と同様に独立分散化運営が行なわれている。しかし、構成節にもある通り、大学本部保健体育審議会に所属している日本大学全体を対象とした部も存在している。

本部所属の部も学部所属の部もそれぞれが、所属する学部・キャンパスが所在する地域の連盟・連合団体に所属し、一部を除き殆んどの部では対外的にもお互いに独立した対等な別団体として活動している。学内組織の運営システムの帰結として、大学全体を対象とした大学本部直轄のクラブに対して、各学部所属のクラブは活動の実績・成績で偏りがあり、運営の傾向としては大学本部所属の部に予算や選手の集中強化が行なわれている。しかし、学部所属の部はそれに比して「競技レベルが低い」「練習や活動時間が短い」など、運営や内容面で劣るということはなく、大学本部所属の部が格上という位置づけがなされているわけでもない。受験業界やマスメディアの一部で本部所属の部のみが大学公認の正規クラブで学部所属のクラブが同好会扱いと一律に述べられていることがあるが、それは必ずしも正しい説明とはいえない。(当てはまるものもあれば、そうでないものもある。)

たとえば一例として硬式野球部を例にとった場合、全国の大学硬式野球部を一律に統括している全日本大学野球連盟の下では、日本大学保健体育審議会硬式野球部(東都大学野球連盟加盟)も日本大学国際関係学部硬式野球部(東海地区大学野球連盟)や日本大学工学部体育会硬式野球部(南東北大学野球連盟)、日本大学生物資源科学部硬式野球部(東京新大学野球連盟)などもその学部やチームの所在する本拠地に応じた所属リーグが異なるだけで、それぞれは同じ全日本大学野球連盟主催の全国大会で対戦する可能性を持つ対等な別チームである。従って、硬式野球部の様に同種のクラブが本部・学部の双方にある場合、学生本人が部員としてどちらのチーム・団体に入部するかは、あくまで学生自身の事情・意思を考慮して本人が選択することとなる。但し、特に運動部での入部選考基準は、学部所属の部よりも本部所属の方が一般的には高い傾向にある。


学園祭

学園祭概要
日本大学は各学部が独自にキャンパスを有し、学部毎に学園祭を開催するためにこれを「学部祭」と称している。ただし、それら各学部祭を統一テーマによって有機的に連動させる全学共通の文化行事として「NU祭」を設け総合の開・閉会式を実施している。一部は同一学部でもキャンパス別。


法桜祭
法桜祭(ほうおうさい)は法学部で毎年秋に開催される学園祭である。2006年で27回をかぞえる。模擬裁判や著名人・有名政治家の講演会が開催される。また2005年には東京直下型地震への備えを目的とした地震体験車両の一般公開を行った。


桜麗祭
桜麗祭(おうれいさい)は文理学部で毎年秋に開催される学園祭である。1993年以降、毎年開催され2006年で14回をかぞえる。キャンパスが世田谷区桜上水の住宅地の真ん中に所在し、近隣商店街とのコラボレーション企画を実施している。


砧祭
砧祭(きぬたさい)は商学部で毎年秋に開催される学園祭である。


三崎祭
三崎祭(みさきさい)は経済学部で毎年秋に開催される学園祭である。一時、活動を中断していた鈴木亜美の復帰ライブが開催されたことがある。1960年代後半に全国で吹き荒れた大学紛争の中で最大規模となった日大闘争においてマスメディアに登場した秋田明大が1968年に委員長を務めている。現在は学部の教職員一体となって開催しており、上記のような運動に直結するようなことはない。2004年に日本大学経済学部が創立百周年を迎えたことから例年の「三崎祭」ではなく「100祭」と称して開催した。


芸術祭
芸術祭(げいじゅつさい)は芸術学部で毎年秋に開催される学園祭である。2005年までは江古田キャンパスで開催されてきたが、校舎改築のために2006年から1・2年生が在籍する所沢キャンパスに場所を移して開催している。

ちなみに、芸術学部には春に開催される、新入生を歓迎する行事から、新入生歓迎行事(通称:春祭(はるさい))が毎年5月に開催されている。90年代は、所沢校舎のグランドにて運動会を行っていたが、90年代後半になり、日本大学のNU祭とからめ、春の芸術祭として行い現在に至る。

富桜祭
富桜祭(ふおうさい)は国際関係学部・短期大学部で毎年秋に開催される学園祭である。有志学生によって運営され2006年で56回をかぞえる。バザーによる売り上げを地元三島市に寄付している。


習志野祭
習志野祭(ならしのさい)は理工学部・短期大学部で毎年秋に開催される学園祭である。略称は「ならさい」。2006年で39回をかぞえる。キャンパス近隣在住の子供たちを対象にした出展物もある。隣接する薬学部の桜薬祭と同時期に学部祭を実施している。最終日のフィナーレに数百発の花火打ち上げが実施される。


青駿祭
青駿祭(せいしゅんさい)は理工学部の駿河台キャンパスにて毎年秋に開催される学園祭である。2006年で14回をかぞえる。同学部は船橋市にもキャンパスを有し、習志野祭を長年実施している。駿河台キャンパスにおいては、それまでの大江戸祭(おおえどさい)に替わり1993年以降、青駿祭が学部祭として実施されるようになった。隣接する歯学部の桜歯祭とは開催時期が若干ずれている。


桜泉祭
桜泉祭(おうせんさい)は生産工学部で毎年秋に開催される学園祭である。近隣に存在する薬学部の桜薬祭・理工学部の習志野祭とのコラボレーション企画も実施している。


北桜祭
北桜祭(ほくおうさい)は工学部で毎年秋に開催される学園祭である。2006年で56回をかぞえる。略称は「ホクサイ」。日本大学の大学校舎で最も北に位置し、時期は他学部の集中期よりもかなり早めとなる10月中旬に開催される。


翠心祭・若樹祭
翠心祭(すいしんさい)および若樹祭(わかぎさい)はそれぞれ医学部と医学部付属看護専門学校が毎年秋に開催している学園祭の名称である。名称はそれぞれついているものの医学部キャンパス内で同時に行なう。大学と専門学校が一緒になって作り上げる学園祭で例年、10月下旬に開催してきたが、2006年は他学部祭と歩調を併せ、集中日の11月上旬の3連休を利用して開催された。他学部で見られる芸能人イベントはなく、代わりに医学・看護学を中心とした学術講演会が行なわれている。


桜歯祭・駿技祭・翔衛祭
桜歯祭(おうしさい)・駿技祭(しゅんぎさい)・翔衛祭(しょうえいさい)はそれぞれ歯学部・歯科技工専門学校・歯科衛生専門学校の学生によって毎年秋に開催される学園祭の名称である。名称はそれぞれついているものの歯学部キャンパス内で同時に行なわれる。大学と専門学校生が一緒になって作り上げる学園祭で例年、10月下旬に開催される。隣接する理工学部の青駿祭と開催日程が例年、異なっている。


松戸祭
松戸祭(まつどさい)は松戸歯学部で毎年秋に開催される学園祭である。


藤桜祭
藤桜祭(とうおうさい)は生物資源科学部・短期大学部で毎年秋に開催される学園祭である。生物資源科学部は元々農学部だったこともあり家畜を登場させるイベントも行われている。


桜薬祭
桜薬祭(おうやくさい)は薬学部で毎年秋に開催される学園祭である。2006年で18回目となる。桜薬祭は例年2日間開催である。


集夏祭
集夏祭(しゅうかさい)は通信教育部で毎年夏に開催される学園祭である。他学部が2~3日間に渡って集中開催するのに対し、集夏祭は通信教育部の夏季スクーリング期間中の8月上旬に2回イベントを行なう。それぞれ期間は1日。イベント内容は講演会とクラシックコンサートでコンサートは日本大学カザルスホールを利用している。


総合体育大会
総合体育大会を年一度開催しており、以下のような部門に分けられている。

付属校の部
運動部員参加が通常。但し、付属・特別付属のみ参加が可能。
教職員の部
学部対抗となっている。
一般学生の部
基本的には対象競技の学部運動部と学部サークルから選手を選考して学部対抗となっている。但し、部に所属していない学生も参加可能。

スポーツ
ボクシング部は関東大学ボクシング連盟に所属。1993年から同リーグ戦において11連覇した記録を持っている。チームカラーは赤となっている。
陸上競技部は関東学生陸上競技連盟に所属。中でも長距離走部門の駅伝競走チームは、東京箱根間往復大学駅伝競走に1922年の第三回大会に初出場以来、2006年2月現在で、出場75回、優勝11回(うち往路・復路優勝による総合優勝は6回、4連覇1回)の記録を持ち、全日本大学駅伝対校選手権大会でも優勝2回、出雲全日本大学選抜駅伝競走では優勝3回の記録を持っている。また、駅伝競走チームの襷の色「桜色」(ピンクと呼ばれることを否定的に捉える関係者もいる)は日本大学のイメージカラーとして定着させ、それがスクールカラーだと誤解を抱かせるほどの影響を与えた。
硬式野球部は1923年に創部され東都大学野球連盟のリーグ創設時から所属。2006年2月現在は、1933年秋季(第6回リーグ戦)の初優勝以来、22回のリーグ戦制覇のほか、全日本大学野球選手権大会優勝2回・準優勝5回、明治神宮野球大会優勝1回の成績を持っている。
アメリカンフットボール部は1940年に創部され関東学生アメリカンフットボール連盟に1940年の第7回リーグ戦から参加。2006年2月現在で、1955年第14回リーグ戦で初優勝以来30回のリーグ優勝と東西大学王座決定戦(甲子園ボウル)優勝18回、日本選手権(ライスボウル)優勝4回といった記録を持っている。愛称は日本大学フェニックス。
ラグビー部は1928年に創部され、当時の関東大学ラグビー対抗戦に所属。後に分立した関東大学ラグビーリーグ戦グループにグループ創設時から参加。2006年2月現在でリーグ優勝が2回、全国大学ラグビーフットボール選手権大会には出場14回で内ベスト4が3回となっている。
バスケットボール部は1946年に創部され、関東大学バスケットボール連盟に所属。全日本学生バスケットボール選手権大会優勝10回を記録している。愛称は日本大学レッドシャークス。
自転車競技部は当該競技部門では伝統的な強豪校。学生チームロードレース13連覇、全日本大学対抗18連覇(2006年現在)の実績を誇り、多くの実業団・プロ選手を輩出している。
水泳部は、佐藤久佳が男子100M自由形の日本記録を持っている。日本人として初めて50秒台を切った。


姉妹校
学校法人國學院大學
日本大学の前身となる日本法律学校は皇典講究所の夜間に設立された。そのため、皇典講究所を前身とする國學院大學とは姉妹校関係にあり、総長や学長・理事長の代替わりの際に相互表敬訪問をしている。

附属学校
学校法人日本大学は、附属学校を「付属」と表記している。そのため、本稿では以下、附属と記すべきところを全て付属と表記している。

学校法人日本大学が設置する付属高等学校11校、付属中学校5校、幼稚園1校は「正付属」と称され、学部に併設された「併設校」と、そうでない「単独校」に区分される。この「正付属」のほかに「特別付属」「準付属」と称する付属学校がある。

「特別付属」とは、戦前、日本大学の正付属校(日本大学第一、第二、第三を称する各高等学校・中学校)であったが、戦後、別に設置された学校法人として独立したものである。

上記以外の学校法人が設置した学校が「準付属」である。日本大学と準付属校契約を締結した学校法人(10法人)が設置した高等学校12校、中学校10校、小学校1校が校名として「日本大学」を称し、日本大学への推薦入学制度に加わっている。

校名は原則として、「正付属」は「日本大学○○高等学校・中学校」、「特別付属」は「日本大学第(数字)高等学校・中学校」、「準付属」は「○○日本大学高等学校・中学校」に統一されている。なお、「準付属」は諸事情により提携を解消したケースも存在する。

付属高等学校
付属(設置者・学校法人日本大学)
日本大学高等学校(単独校)※旧・日本大学第四中学校(旧制)
日本大学櫻丘高等学校(文理学部併設校)※旧・日本大学世田谷高等学校
日本大学鶴ヶ丘高等学校(生物資源科学部併設校)※旧・東京獣医畜産大学付属高等学校
日本大学豊山高等学校(単独校)※旧・豊山中学校(旧制)
日本大学豊山女子高等学校(単独校)
日本大学山形高等学校(単独校)※旧・山形第一高等学校
日本大学東北高等学校(工学部併設校)※旧・日本大学東北工業高等学校
日本大学習志野高等学校(理工学部併設校)※旧・日本大学工業高等学校
日本大学藤沢高等学校(生物資源科学部併設校)※旧・日本大学農林高等学校
日本大学明誠高等学校(単独校)
日本大学三島高等学校(国際関係学部併設校)
特別付属
日本大学第一高等学校(設置者・学校法人日本大学第一学園)
千葉日本大学第一高等学校(設置者・学校法人日本大学第一学園)(1968年4月~1993年3月までは準付属)
日本大学第二高等学校(設置者・学校法人日本大学第二学園)
日本大学第三高等学校(設置者・学校法人日本大学第三学園)※旧・赤坂中学校(旧制)
準付属
札幌日本大学高等学校(設置者・学校法人札幌日本大学学園)
土浦日本大学高等学校(設置者・学校法人土浦日本大学学園)※旧・土浦高等学校(準付属)
岩瀬日本大学高等学校(設置者・学校法人土浦日本大学学園)※旧・土浦日本大学高等学校岩瀬校舎
佐野日本大学高等学校(設置者・学校法人佐野日本大学学園)
長野日本大学高等学校(設置者・学校法人長野日本大学学園)※旧・長野中央高等学校(準付属)
大垣日本大学高等学校(設置者・学校法人大垣日本大学学園)※旧・大垣高等学校(準付属)
長崎日本大学高等学校(設置者・学校法人長崎日本大学学園)
宮崎日本大学高等学校(設置者・学校法人宮崎日本大学学園)

付属中等教育学校
準付属
土浦日本大学中等教育学校(設置者・学校法人土浦日本大学学園。2007年4月1日に土浦日本大学中学校から改組し開校)
付属中学校
付属(設置者・学校法人日本大学)
日本大学中学校(単独校)
日本大学豊山中学校(単独校)
日本大学豊山女子中学校(単独校)
日本大学山形中学校(単独校)
日本大学三島中学校(国際関係学部併設校)
特別付属
日本大学第一中学校(設置者・学校法人日本大学第一学園)
千葉日本大学第一中学校(設置者・学校法人日本大学第一学園)
日本大学第二中学校(設置者・学校法人日本大学第二学園)
日本大学第三中学校(設置者・学校法人日本大学第三学園)
準付属
札幌日本大学中学校(設置者・学校法人札幌日本大学学園)
佐野日本大学中学校(設置者・学校法人佐野日本大学学園)
長野日本大学中学校(設置者・学校法人長野日本大学学園)
長崎日本大学中学校(設置者・学校法人長崎日本大学学園)
宮崎日本大学中学校(設置者・学校法人宮崎日本大学学園)

付属小学校
特別付属
千葉日本大学第一小学校(設置者・学校法人日本大学第一学園)

付属幼稚園
付属(設置者・学校法人日本大学)
日本大学幼稚園(単独校)

旧付属学校
嘗ては以下の付属学校が存在したが、合併・廃校・離脱・提携解消などの理由により消滅若しくは別の学校となっている。


短期大学
佐野短期大学(設置者・学校法人佐野日本大学学園)
長野経済短期大学(設置者・学校法人長野日本大学学園)
付属幼稚園
土浦日本大学高等学校附属幼稚園(設置者・学校法人土浦日本大学学園)


(出典;Wikipediaより)
日本大学紹介サイト

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